理想の患者像を押し付けないで (がん患者の気持ちと接し方)

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乳がん発覚~転移告知~現在を時系列で読んでいただくと、心の動きや考え方、身体の状態についてよりご理解いただけると思います。(#^^#)

できればこちらをまず読んで頂きたいです。
一番知って欲しい事を書いてます。
→がん患者と接する時、気を付ける言葉

 

メディアの作ったがん患者のイメージ

メディアには色々ながん体験者の情報が出る。

キラキラと前向きに残りの人生を楽しんでいる姿。

少しでも誰かの役に立とうと一生懸命に奮闘する姿。

それは確かに素晴らしい。

私も力づけられたこともあります。

でも、それはその人たちの環境があっての事。

みな同じ環境と状況ではないのです。

 

 

私の体験

「◯◯(私)も、がんと闘って、経験して、いろんな人に勇気と元気を与えてほしいな!」

転移が分かった時に、言われました。それどころじゃない、貴方はもう治らないよ。そう長くは生きれないよと言われた時です。

 

「今の自分、受け入れたくないよね。
でも、これが現実って事を後輩達にも話を聞かせて欲しい。いつ自分がなってもおかしくないから…。◯◯のガンに対しての闘い方など、出来るだけ沢山の人に伝えて欲しいな。」

 

「これが現実」って、どういう意味?
一生懸命生きてきても、がんで死ぬんだっていう現実?
不幸だっていう現実?
馬鹿にするのもいい加減にしろ!

それこそが相手の気持ちに寄り添っていることとは真逆だ。神経を逆撫でされた。

 

相手が過酷な心の整理をしている時に、そのプロセスをぶっ飛ばし、絵に描いたような美しいエピソードを勝手に描いた上で、その成果物を患者に要求する。

きっと過去の芸能人ブログや美しく描かれた悲恋ストーリーの影響。

その人の心の葛藤も見ず、壮絶な苦しみやドロドロした感情や諍いを知ることもなく、想像力の欠落した浅い感覚で感動したと言う。

 

ドキュメンタリーか映画を見たような感動を味わいたいのか?私の命で?

いつ自分がなってもおかしくないから興味があるのか?サンプルとして知りたいのか?

 

悪気はないのは分かっているけど、本当に腹が立ちました。

 

 

到達点は人それぞれ

そもそもブログや何かしらの発信物といったものは、一部の当事者が様々な葛藤や苦しみを乗り越えた先にやっとたどり着いた場所だと思います。

そこで、自分の経験を伝えようと思うのか、必要なしと考えるかも、その人の生き様の一つ。

一部の人にとっては、「発信」がたどり着いた場所かもしれないが、また別の人にとっては違う答えがあるのではないでしょうか。

 

決して発信だけが正解ではなく、人知れず人助けの道に行く方もいらっしゃる。

そもそも自分が病気をしたから、誰かのために何かをしようと考えなければならない訳でもない。

自分のやり残したことを全うする人。

愛する人たちとの時間を充実させる人。

静かに穏やかに日々を過ごすことを目的とする人。

生き方は数限りないと思います。

 

 

ドキュメンタリー番組じゃない

ましてや、誰かのの好奇心を満たすためにドキュメンタリーを披露さすのは正気の沙汰ではない。

そんなもののために生きているんじゃないです。

 

勝手にがん患者の理想像を押し付けないで!

それは、自分がそうなった時に、ご勝手に理想の自分を生きればいい!

本当にそう言えば良かったと思います。でもその時は頭が真っ白で何も言えず、後でフツフツと嫌な気持ちになるだけでした。

「心配してくれているのだから」

「力付けようとしてくれてるのだから」

だから言えなかった。

 

 

気持ちは変化する

告知の時も、転移が分かった時も、治療が始まり、続く過程でも、気持ちは変化する部分が出てきます。

その場に直面して初めて感じることもあるからです。

 

私はそれを認めてくれることが嬉しかった。

「今の気持ちはわかったよ。今後考えが変わったりするかもしれんけど、その時はまたいつでも話してね。」

って言葉も嬉しかった。完璧じゃなくても今のあなたの考えでいいよと言われたようで、プレッシャーなく本音を言えます。

なのでブログにも多用してます。「今は」って。笑

 

 

調子がいい時も、不安定な時も、色々あって日々進んでいく。

幸せな時、辛い時。

みんな同じ。

 

 

 

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