一番嫌な死に方と大震災の記憶

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乳がん発覚~転移告知~現在を時系列で読んでいただくと、心の動きや考え方、身体の状態についてよりご理解いただけると思います。(#^^#)

 

 

入院病棟での担当の主治医が一番嫌な死に方は肺転移だそうだ。

「今まで色んな転移を見てきたけど、肺だけは嫌やわ」

 

色んな麻薬とか薬もあるけど肺だけは楽にはならないらしい。
しかも余命一週間ぐらいにならないと鎮静も出来ない。
骨転移も私みたいにあまり痛みが改善しない場合もあるから嫌だけど、肺転移はもっともっと苦しいらしい。
本当に辛いだろうな。

 

医師からは聞きたくないなぁ。
もし肺転移したら。
そればっかり考えてしまう。

患者が言う分には、その人はそうだったのねと思える。
でも実際にがん治療を最前線でしている医師から聞かされると、もし肺転移したら何の期待も出来ないし絶望しかない。

 

怖い。
死ぬのが怖いのではない。
死ぬまでのプロセスが怖い。

言葉って怖い。

 

 

今日は3.11、東日本の大災害があった日だ。
今年でちょうど10年。
10年前の地震があった時、私は会社にいた。
結構大きな揺れだから震源地に近いと思っていたのに、慌ててつけたテレビでは遠く離れた東北が震源地だと知ってゾッとした。
阪神・淡路大震災を知っていたので、マグニチュード7と出てるのにテレビを消すことは出来なかった。

あちこちの地震災害の模様が報じられていたのが、急に津波の映像に切り替わった。
海が防波堤を超えていく映像。

最初はどんどん上がる水位に驚いている様子の現地レポートの声の入った映像だった。

海は留まることを知らず、海辺の工場の車や建物を押し流していた。
数秒前に人影があった場所が海に飲み込まれ、そこに居たであろう人々が逃げ場を完全に失っ所が居ることに気づいた頃には、もう声は入っていなかった。

海は高速道路までも飲み込んだ。
前にも後ろにも進めなくなり自分の走っていた高速道路が海の底に沈んで行くことを、あの車の中にいた人たちは気づいていたのだろうか。
もしかしたら地震にも気づいていなかったのかと思うと、小刻みに前後していた車の中にいた人の恐怖は想像を絶する。

 

私はもう仕事もできずテレビの前で泣くばかりだった。
生中継の映像をそのまま見ていたので、恐怖の中で逃げ惑う人々と、次々と飲み込んでいく海の映像は本当に生々しくて残酷過ぎた。
死者、行方不明者など、阪神淡路大震災以上になるのでは無いかと怖くて震えていた。

呼吸困難みたいになって息が苦しくなる私を見て、社長はテレビを消すように言った。
あの時の生中継の残酷な映像は、その後編集されて違うかたちでしか見ることはなかった。

 

 

私は知り合いに救急救命の医師がいる。
東日本大震災が起こる2週間ほど前にニュージーランドで大きな地震が起きた。
日本の学生も多く留学しているその町に、彼は日本からの災害派遣として医療チームを率いて現地入りしていた。

東日本の災害が起こってすぐにニュージーランドの被災地から直接、東日本の被災地に入った。
電話の声は日に日に疲労が増すのを感じた。
私が無理しないでと言った時まにね「今無理をしないでいつ無理するんだ!ってみんなで言ってるんだよ。今までやってきた事の全てを今出すんだよ」
「ただし無茶はしない、無理するのと無茶するのは全く違うからね」と教えられた。

テレビとは違う、現地の生の情報はとても辛く切ない話ばかりだった。
病院は自家発電があり、医薬品も届けられ設備は整っていた。
でも少し離れた場所には緊急を要する被災者や急病人が居るのに、救急車を出せない状況だった。
救急車を出し患者を乗せても、病院に帰りつくまでのガソリンがなかった。
彼ら医師が駆けつけても、彼らが帰れない。
毎日ほとんど眠らず短時間の仮眠だけで動いているのにそんな余裕なんて全くなかった。
助けてと声が届いているのに、助けられるのに、救急車を出せない。助けられない。
近距離でも道路が分断されていて行くも来るも出来ない所もある。
大きな町には医療チームが入って助けがあるのに、少し離れた小さな町には全く医療が届いていない現実も知った。

被災地の本当の声は生々しくて悲しく苦しい話ばかりだった。

 

 

その後しばらくの間、私は「出会ったら募金」と勝手に名付けて募金をしていた。
その頃はテレビを見ていてと東日本大震災の寄付に関するCMが多く流れた。
各チャンネルの代表の募金や、ドラえもん募金、サザエさん募金、日本赤十字やユニセフ、国境のない医師団など、かなりの募金窓口があった。

テレビを見ていてお初に出会ったら即座に募金する。街を歩いていても初めて出会ったら、なるべく怪しくないと思われるものは「出会ったら募金」していた。

結局半年以上は続けてたと思う。
総額にすると数万円の募金をさせてもらえた。

あのテレビの生々しい映像の印象を消すためだったのかもしれないけど、おかげで東日本の震災がトラウマにならずに済んだ。
多くの人が災害地で人の為に動いているのに、私にはそうする能力も技術もない。
出会っちゃったからと言いながら、たったの数百円や数千円でも募金できるのだから。
それで罪悪感も無力感も、初めて映像を見た時の恐怖感も少し軽くしてもらえるのだから。

 

ここ数日はテレビでも10年前の災害地のことをよく取り上げていた。
やっぱり怖くて涙がボロボロ出た。

 

死に方を考える余裕もなく災害でなくなった人達を思うと、嫌な死に方なんて選ぼうとするだけ余裕があるって事なんだね。

 

 

 

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