役者さんとして多くを残してくれた人

 

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乳がん発覚~転移告知~現在を時系列で読んでいただくと、心の動きや考え方、身体の状態についてよりご理解いただけると思います。(#^^#)

 

 

テレビ録画していた「コンフィデンスマンJP ロマンス編」をやっと見ました。

先月半ばに放送されたんですが、三浦春馬さんの事があって見る勇気がなかったのです。
大ファンって訳でもなかったのですが、若手の俳優さんでは好きな方だったので思った以上にショックでした。

 

日にちも経ったし、そろそろ観ようかな。

そう思って再生したのです。

 

映画のイントロは、三浦春馬くんと長澤まさみさんのプロモーションビデオかと思うようなシーンから始まりました。
もちろんあの悲しい出来事があってから、こんな風に作り替えた訳ではないのでしょうけど、あまりにも美しいシーンでした。

このドラマは元々面白くて大好きだったのですが、ストーリーが全然入ってこなかった。

 

まだ私には早かったみたいです。

 

 

 

先日、いつもの病院の待合室で数人の方が三浦春馬さんの速報について話しておられました。
色々な受け取り方があると思うので非難も否定もするつもりはありませんが、悲しいなと感じる事も言っておられました。

闘病中で必死で生きようとしてる人からすれば「じゃあ、その命をくれ」と言いたくなるのも理解はできます。
でもそれは、ご本人の精神的な苦痛を知らないから言えるんじゃないかと思いました。

 

ガンや何かしら大病をした人が、よく言うことってあります。
「生きたいのに病気で亡くなってしまう人たちがいるんだから、自分から死んではいけない」とか
「生きるために耐え難い治療をして必死で生きようとしてる人もいるのに」と、
生きれる体なのに自分から死ぬなと言う方をブログでも見かけることもありました。

でも、体は生きれる体だったのかもしれませんが、心は生きられる状態ではなかったのかもしれません。
耐え難い治療の方が、耐え難い精神的苦痛より辛いのでしょうか。
その耐え難く辛い闘病よりも、もっと辛い心を抱かえていたのかもしれません。

 

 

人は、特に大病や大怪我をした人は、自分の受けた試練がいちばん辛いと思いがちですが、そうでは無いと思います。
人の辛さなんて想像がつかない。知らないんだもの。

だから私思うんです。
他人が比較なんてできないんじゃないかな。
だから死を選んでしまった人に、なぜとか生きてさえいればとか、私は言いたくありません。
それが出来ないくらい、私の想像を超えるほどの辛い想いがあったのかもしれませんから。

 

出来ることなら「映画公開前なのに」とか「今後の仕事が」とか、責めることも聞かずにいたいです。
責任感の強い人との評価もある人が、もうそういう事さえ考えられない程の精神的な状態だったのかと思うと、それが悲しくて。

 

 

ただ、もう会えなくなってしまったこと、観れなくなってしまったことを悲しむしかない。
残念に思うしかない。
そしてその人が残されたものを、その人が望んだように受け止めるしか出来ないんじゃないかなぁ。

 

 

私はもう少し時間が経って、映画として楽しめるようになってから、もう一度観ようと思います。
楽しくて面白いあのシリーズのファンだったので、心から楽しめるようになった時にもう一度観ます。

いい役者さんだったので、これからもずっと映画やドラマを楽しませてもらおうと思います。

 

 

 

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