王様の耳はロバの耳2

 

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乳がん発覚~転移告知~現在を時系列で読んでいただくと、心の動きや考え方、身体の状態についてよりご理解いただけると思います。(#^^#)

 

 

もともと文章力もないしボキャブラリーも少ないから、映画の感想文を始めました

何事も練習だい! (๑و•̀Δ•́)و  レンシュー! レンシュー!

そしたらね、色んな副産物が出てくるのですね。
なんて事のないシーンがズンって打撃を与えたり、あれ?普通はこうなの?と、他人家族を見て驚いたり。
きっとみんなあるあるだと思います。

(。• . •。) ホホーウ、そんな家もあるんだ

ホントに人それぞれ、家族それぞれ

時代もドンドンかわるからね。

 

 

さて、心の整理中の続きです。

姉の気分次第で仲良くする時もあればケンカばかりの時もあった。
今思えば、子供の頃からずっと私はお姉ちゃんと仲良くしたかった。
何しろ性格が甘えたなんだなぁ(^▽^;)
お姉ちゃんが友達と遊ぶ時にも勝手について行ってまかれてたくらいだから、姉は姉で鬱陶しかっただろうなぁ。

(°_°;)(; °_°)オネイチャン、ドコドコ?
こんなんが着いてきたら誰だって嫌だろう。(^_^;)

 

まだ小さな頃、姉が入院すると私は祖父母の家に預けられた。
祖父母のことは大好きだったのでお泊まりは嬉しかった。
でも反面、幼くて何も事情は分からなくても、自分は邪魔なんだという空気は感じていた。

 

6年生になった頃からは、姉は膝の入院手術を繰り返して大変な時期だった。

家には父もいたので、母が姉に付き添い等でいない日は私が家事をした。

 

親の意に反すると体罰は当然の時代だった。
父はとても厳しく、食事中に食べ物をこぼした程度のことでも殴られたり、鬼のような形相で威嚇され私たち姉妹は恐怖ですくみ上がっていた。機嫌が悪い時や自室にいて呼ばれても気づかずにいたりすると、すごい剣幕でしばき倒されるので、父が家にいるだけでビクビクしていた。
ちょっと口答えしたりしようものなら髪の毛を持って引きずられ殴られ蹴られ階段から蹴落とされる。
そして家から出て行けと引きずり出される。もちろん親の買った物だからと何一つ持つのは許されない。
6年の時に一度、服も脱いで裸で出て行けと玄関先で殴られ服をむしり取られそうになった。それを必死で死に物狂いで抵抗した記憶がある。子供だったけれど未だに一番怖い記憶で絶望感と恐怖が忘れられない。

とにかく両親は子供を恐怖でねじ伏せ屈服させる事でコントロールしていたのだと思う。

だから母が助けに入るなんて事は皆無でした。

それがおかしいと大人になって心療内科で初めて言われて知った。

お医者さんに「その時お母さんは助けてくれなかったの?」と質問され、
「何言ってるんだこの先生は。そんな事したら次は自分がやられるかもしれないのに何でわざわざ。関わるわけないやん。」と心底思いました。
何で助けてくれないのかなんて考えたこともない。

「そう思って育ってしまっているのが虐待の証拠。お母さんのやってる事は精神的虐待で、ある意味身体的な虐待より傷が深い」と言われ初めて虐待だったのかーと知りました。

 

おお、話が大きくそれてしまった!
ここで家庭内の話をすると終わらなくなってしまう!

「╭( ・ㅂ・)و  時を戻そう」byペコパ

 

母が姉の入院や通院の付き添いでかかりっきりになっていた時、中学生くらいの私が徐々に家事をするようになっていった話でしたね。

私はもともとクッキーとかケーキとかお菓子を作るのが好きな、ブサイクなのにハートは乙女な少女だったのです。

(#^ . ^#) イヤイヤ、オハズカシイ〜

その頃の私の情報源は9割マンガでした。家事をする主人公のマンガのおかげで、クッキングレシピも載ってるし子供向けに簡単なものばかりだったし大助かりでした!
最初は温めるだけだったり簡単なものだったのが、徐々に腕が上がっていったのはそういう訳だったのさ!

( ˊ ᗜ ˋ )و  マンガは神だー!

大人になって、母に聞いた事がありました。
料理も教えてなかったのに何で私ができたのか不思議じゃなかった?って。
そう言われればそうねと言い、まさかマンガからとは思って無かったらしくびっくりしてましたよ。

 

料理や家事をするのはイヤではなかったし、根が単純なので、今自分が求められてるー!って思うとテンションが上がってハリキってたと思います。

(ง •̀ω•́)ง✧  ガンバレワタシ!

イヤイヤしてた訳ではないのですが、小中学生にしてはかなり頑張ってたと思います。

それにもし不満があっても、可哀想なのは姉だから私は何も言えない。
常に優先順位の一番は姉だったのですから。

お正月やら何やらで親戚に会う時は、必ず「お姉ちゃんは入院や手術でかわいそうやし、お母さんも大変なんやから、アンタはちゃんと手伝いしいや」
と言われていました。

そんな時は寂しかった。
みんな話題にするのは姉の体調やメンタル面。
そして次は母の心配。
私は元気で問題は無いんだから、誰も気にかけてくれない。誰も私には興味がなかった。
唯一、近くに住んでいた叔母は私を褒めてくれたのを覚えています。

でも大概が何か言えば、「お姉ちゃんやお母さんがこんなに大変な時にアンタだけ反対向いて協力もせんとワガママゆって」と叱られるのです。
周りは私が手伝っていることも知らないので仕方がなかったんだけど、ガマンばっかりしてたなぁ。

今、大人になってから分かる。
私も可哀想やったよなぁ。
小学生だったもんね。
がんばってたのにね。

以前ブログに書いた抜毛症が始まったのも、確かこの頃からだと思う。

 

家事力については、おかげで二十歳で急遽家を追い出されて一人暮らしをすることになった時も、全く困らなかった。

何でも身に付くことは何でもやっとく方がいいですね!
( •̀ᄇ• ́)ﻭ✧ 困らないよ〜!

 

そして姉は。
身体が弱かったから気が強くなったのか。

ƪ( ˘ ⌣ ˘ )┐ 完全なる女王様気質!
((*`へ´*))  いつも絶対に自分が正しい!
ヽ( ꒪д꒪ lll) 人の意見は絶対に聞かず、自分の考えに同調、共感しないとブチギレる!
(ʘ言ʘ╬)  絶対的に自分が上の立場でないと許せない人になったのです〜〜〜!

(っ゚Д゚;)っ  ヒッ! コワイー!

ま、相手にもよるんだろうけど。
ワタシニダケ?ダッタリシテ〜 ( ̄▽ ̄;)

頭がいい人なので誰に対してでもなく、相手を見ての事だとは思いますが。

 

ん?

(・・) ン?

 

 

はぁぁぁーー!!!
もしかしたらコレか?
コレなのか?

私の方が注目をあびたから?!
姉は「乳がんに罹患」という大変な事が自分に起こった。

が、しかし、妹もそうだった!
しかも同じ乳がんで、ステージ4の末期がんの。。。

あ!
それに今回は私が先にガンになっていたから、当然私の方が先に経験しているし病気に対しても詳しかった。
姉はどんな事であろうと常に自分が先、上を行ってないと許せない人だ。「自分より妹の方が」というのが許せないからなのか。

それか?

存在が邪魔なのか?

だから縁を切るって言ったり、私の存在を一切無視したりするのか。

 

 

いやいや、

いや、まさかな。

これはさすがにぶっ飛び過ぎよね。

 

さすがにそれはないよな。

たぶん。

だけど、私の方が病気に詳しいと言うのは耐えられなかったのだと思います。

 

 

 

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