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最初のブログ→経緯2乳がん発覚のとき
乳がん発覚~転移告知~現在を時系列で読んでいただくと、心の動きや考え方、身体の状態についてよりご理解いただけると思います。(#^^#)
中学生の頃、頭に大きなハゲがあった。
500円玉2,3枚分以上はあった。
きっかけは覚えていないけど、抜いた髪を爪でキューっとしごいてコイル状にしていた。
綺麗なコイル状を作るのが楽しかったのを覚えている。
でも、そのうち抜いた所にがむず痒いからまた同じところを抜くようになった。
気づいたらもうやめられなくなっていた。
指先ほどのハゲが出来た。
次に抜くのはハゲの輪郭にそってになった。
どんどんハゲは大きくなった。
ゴムでくくったりピンでとめたりして隠したけど、ハゲのすき間が常に気になった。
嫌で嫌で何度もやめようとした。
でも全く止められなくて、頭頂部から少し右寄りにできた大きなハゲは隠しようがなくなっていた。
周りも気づき出して、座っている時に後ろからハゲを隠している部分の毛をめくられたりした。
私は上手く答えて周りを味方につけた。
怪我をしたところからバイ菌が入って抜けたと説明した。
気にしてるの。と、同情をかったらみんなが味方になってくれた。そのへんの上手さは、日々の家庭で鍛えられたものと思う。
いくら必死でやめようとしても止められない。
気づくと手は頭にあって髪を抜き続ける。
コレで終わり!コレで終わり!
そう思ってもやめられなくて、またひとまわりハゲが大きくなる。
分かっていて止められない恐怖と、悪化していくことに絶望していた。
やめられないならせめて、見えないところの髪を抜こう。
そう思って襟足付近や分散したところを抜くように変えてみたけど、結局は元の場所に戻り、そこかしこにハゲが増えるだけだった。
怖くて悔しくて悲しくて、
でも自分ではどうしようもなかった。
そんな日がずっと続いていた。
ある時、急に母から怒られた。
「アンタは自分で髪の毛を抜いてるでしょう。
何でそんなことするのか!」
その頃は、無意識に抜いた髪が本に挟んだままになってたり、寝ながら抜いて枕元が山盛りの髪の残骸があったりしたからバレてるのは分かっていた。
「不潔だ」「汚い」
「そんな事をしてると、バイ菌が入って明日の朝目が覚めたら、全部抜けてハゲになってる」
怒られたり、罵倒されたり、きたない、不潔、と、さげすまれた。
でも自分ではどうしようもなかった。
学校の友達は、味方になってくれた。
大丈夫、きっと治るよ。と言ってくれた。
自分で抜いてるとは誰も知らないけど。
高校生になって、少しずつ自分の居場所ができた。
少しずつ、ハゲが小さくなった。
そして小指の先程の大きさより、ハゲは大きくならなくなった。
結婚していたある日、テレビで抜毛症の特集をやっていた。
本当にたまたま見て驚いた。
初めてそれが精神的な病気だと知った。
ダンナさんが
「一生懸命生えてきて、ニョキっって出てきたのに抜いたら可哀想だよ。次はもうちょっと育ててあげようね」
と言って、髪を抜いても私を罵倒したり責めたりしなかった。
しばらく抜かないと、とても褒めてくれた。
ハゲはほとんど無くなった。
それからかなりの年月が経っている。
もうほとんど髪を抜くことは無い。
それでも、ごく稀に髪を抜く事がある。
ハゲも出来ないほどの数本だけど。
いつも原因は同じ。
治ったと言ってもいいのかな。
よろしければお願いします😆
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