医療用麻薬増量時の注意

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最初のブログ→経緯2乳がん発覚のとき
乳がん発覚~転移告知~現在を時系列で読んでいただくと、心の動きや考え方、身体の状態についてよりご理解いただけると思います。(#^^#)

 

 

昨日の電話で聞いた、ビックリな話題は去年の私についてでした。

去年の鈴鹿8耐が始まるすこし前から、私はだいぶとクレイジーになっていた様です。

(・・;) ホントデスカ。
しかも自分ではあまり覚えてない。
何となくうっすら記憶にある程度だったりします。

 

とにかく「とても激しいテンションだったよ」との事でした。

(*^▽^*)  イヤイヤ、
実のところカレ達はそんなジェントルマンじゃないので!
毒舌なのでこう言ってたらしい。
「クスリでラリってるーっ!」

( ̄▽ ̄;) ヒィー!

 

チームのメンバーはほとんどサーキットでしか会わないので、変化がよく分かったのかも知れないですね。
痛みを抑えるためにサーキットでは通常より多い量のオキノームを飲んだりしてたので、急に寝落ちしたり嘔吐したりしてました。

(・・;) わーお。
今思うと無茶をした事もあったなぁ。

多分、疼痛コントロールを始めたときは、適量もまだ分かってなかったし、オキノームを増量しだした時は副作用も出てたはず!

原因なんてわからない。
でも、精神的に不安定だったのかなと思いました。
躁状態と鬱状態。誰でもあるけどちょっと酷かったかもしれないです。
σ(^_^;)  自覚はなかったけどね

結構覚えてない事もあったので過去のブログを読んでみました。
こういう時は便利ですねー
日記が残っている訳だから、よくわかる。

 

 

 

春あたりから8耐があった7月までが、ちょうど病状やお薬の変化が大きく、家族問題も起こっていた時期だったようです。

3月は母と1年半ぶりに会い、それからが精神的な起伏の激しい時期に突入でした。

痛みもキツくなり疼痛コントロールが始まったのもこの時期でした。
まだ弱い鎮痛剤でそこまで副作用もなかったけど、痛みが出だした事で将来への不安が大きくて、怖い怖いとブログに書いてました。

(T . T) 何かかわいそうだなぁって思っちゃった。

・受け入れられない母
・ガンで一番怖い症状。負のスパイラル

 

 

4月にはPET検査で、全身に広がるびまん性骨転移が分かりオピオイドが開始されました。

鈴鹿のホテルで、ベッドに血がべっとりついていたり、空調が狂っていた話が書かれたブログもありました。今も覚えているので本当なんですが、今となっては私が薬の影響でおかしかったのかなと自信が無くなってきた。(^^;;
だってホテルのベッドメイキング後にシーツに血が付いてるなんてありえないもの。

その時は自分がおかしいのかなとは全然思ってなかったし、人に言われても受け入れられなかっただろうなぁと思うと、すごく怖いですよね。

ちょっとおかしくなりだしたとすればこの頃からかもしれないですね。

(~_~;) ひぃー
真実はひとつだーって言うコナン君に真実を聞きたいよ。

衝撃的な検査結果や痛みが辛い時期でした。

・転移の検査
・多発びまん性骨転移で真っ黒くろすけ
・薬が切れて、骨転移の激痛

 

 

5月には母に理解してもらえず足掻いて不安定になって

5月末から6月にかけては、主治医の先生と終末期の相談に入っていました。

当時はそこまで怖いとも思ってなかったし、自分でもちゃんと受け入れられてると思ってました。
でも今、改めて読むとすごい怖いって思います。

先生に
「ワタシ、もう死ぬの?」って聞いていたり、
「8耐が終わったら、目標は年を越して、次はまた半年後、って目標を立てていこう」と言われてました。
腫瘍マーカーもどんどん上がる一方だったし、輸血をしたり点滴で栄養を入れたりの状態で、かなり終末期が迫ってきていたんですね。

冷静なつもりだったけど、そうではなかったのかな。
自覚はなかったけど。

・やっぱり母は
・オピオイド、悪魔のささやき
・瘍マーカーさらに上昇、貧血も悪化

 

 

6月に入ると、具体的な終末期の相談をしていて、先生も私の希望するホスピスや緩和ケア病棟の事も調べてくれたり連絡していたのです。

とにかく8耐が乗り切れる事を第一目標にして、その後はそのまま終末期のケアで入院になるかも知れないと話していました。

でも、この頃から8耐が終わるまで、サーキットにいる間中はずっと
「最後の夏だから」
「8耐が終わって帰ったら、私も。」
「これが最後」

そんな事ばっかり思ってた。

きっと必死で思い残すことの無いようにって突っ走ってたのかも知れないですね。

 

辛い事ばかりを並べちゃってますが、そればかりの数ヶ月ではなかったのですよ。楽しい事も嬉しい事も沢山ありました。悪ふざけをしたり笑い飛ばしたり。しんどい時期ではあったけど、色々な事が出来て充実もしていたなぁ。

・嘔吐に泣かされた、2019.8耐トライアウト前半
・トライアウト突破と終末期の影
・脳が酸欠状態なので輸血!

 

7月のブログは、
家の中でウロウロして落ち着かない様子も書いてあり、普通の状態ではなかったのかなぁと思わす内容でした。

退屈でする事がないからだと思ってたけど、思い出すと滑稽な状態だったわ。

だって部屋のど真ん中で、仁王立ち。
「どうするんだ、ワタシ!」
とかブツブツ言いながら杖をついて部屋中歩き回り、また立ち止まって天井を見上げて仁王立ち。
ぬいぐるみ相手に延々と話しかけてみたり。

((((;゚Д゚)))))))  ヒィー!

めっちゃ怖いやん!
明らかにオカシイやーん!
あぁ、一人暮らしって見てる人がいないから怖いわぁ〜💦

・不安感からのパニック???
・ブチギレられた

 

それまでずっと書いていたブログも7月半ばから8月前半まで書けなくなってました。
今になって考えると、友達と旅行に行った事がきっかけで現実に引き戻された感がある。

旅行から帰った翌日に病院に行ってるのです。
慌てて行く様な体調不良はなかったのに、とにかく行かなくちゃと思って行きました。
あの時病院に行けてなかったら、私はどうなっていたのかと思います。

 

先生はすこし話を聞くなりすぐに今から入院しよう。と即決でした。
別に検査もしてないし何も理由もなく、生活を一度整理しようって理由で半ば強制的に即日入院でした。

きっと先生から見ると何かしら危険材料があったのだと思います。
私には今もわからないけど、おかしかったのかも。

 

去年の今頃はそんな時期でした。

自覚は全くなかったけど、サーキットでは特にクレイジーだったんでしょうね。
そもそも興奮状態である上に、私は身体も無理をしているし、薬もいつもの倍の量は飲んでいたし。

もひとつ言い訳するなら、
杖をついていたり先にホテルに帰っていたり、何か体調面で問題があるんだなと誰が見てもわかる状態なので、チームのメンバー全員に病気の事を話そうということになったんです。

その辺の伝え方が極端になったんだなぁ!
\( ˆoˆ )/ 病気でヤバイー!暴走だー!

 

みんな、「クスリでラリってるな!」って言いながらも見守ってくれてたのかなぁと思うと、めっちゃ恥ずかしい!

かなりドン引きする発言も多かったらしい。
「ワタシ、もうすぐ死ぬねんからー!」とか
「もうずっと吐き続けててヤバい〜」とか言ってたらしい。

 

(・・;) マジか。
チームって、友達とも違うし、仲間やけどある程度の距離感も必要。
そんな場所で。

(⌒-⌒; ) ふぃーっ!
やば〜い!こわ〜い!いた〜い!

ホントにみんなにはゴメンって言いたいのと、
ありがとうって言いたいわ。

 

 

 

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