明るい言葉と軽い言葉の違い (がん患者の気持ちと接し方)

 

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乳がん発覚~転移告知~現在を時系列で読んでいただくと、心の動きや考え方、身体の状態についてよりご理解いただけると思います。(#^^#)

 

できれば先にこちらを読んで頂きたいです。
→がん患者と接する時、気を付ける言葉

 

がん患者に対する軽さ

これまでのブログで、「がんになっても、転移が分っても」今まで通り接して欲しいと書いたと思います。
病気になったからといって重く暗く接せられても、申し訳ない気持ちと、どうしようもないという思いで辛くなるからです。
楽しい事は楽しんで!幸せな事もしっかり感じて!笑って未来に向かって生きたいというのは、病気であってもなくても同じだと思っています。

でも、明るくと軽くでは大きく意味が違い、タイミングによっては、本当に強い怒りや忘れられないほどの悲しさを感じる言葉にもなると感じました。

 

 

「△△(共通の友人)に聞いてんけど、検査結果どぉやった??」

私の転移がわかってすぐ、人づてに状況を聞いた友人がLINEで連絡をくれました。最初の一行から、言葉の軽さに引きました。

もし私が転移と知ってパニックを起こしていたら?
泣いて自暴自棄になって手が付けられない状態だったら?
どうせ死ぬんなら苦しまない今死ぬ!と暴れていたら?
この軽さは背中を押していたかもしれないのです。

転移してすぐなんて、人によっては自分でそれが受け止め切れていない状態で、「転移していた」と自分の口から発する事さえできない事もあるのです。
それを口にさすのはあまりにも残酷な場合もあるのです。

 

 

「がんにはいろんな種類があるみたいやから、〇〇(私の事)に合った治療法で1日でも長く楽しく過ごせる日々を送れるようにがんばってね 」

転移を告知されて1週間もたたないうちに、この言葉がどれほど死を意識さすものか分るでしょうか。
「1日でも長く」
「楽しく過ごせるようにがんばって」
死が身近にない人には言わない言葉だからです。
その上にこの軽さでは、「死ぬのはしょうがないね」と言われたようで、私は馬鹿にされているのか!とさえ思いました。

 

 

「〇〇(私の事)って、ステージⅣってこと?」

「今検索してみた!そうか!
でも、10年生きた人もいてるって書いてるけど、やっぱり体の痛みはきついみたいやねー。来週のバーベキュー行く?」

翌日に唐突に聞かれました。
何か楽しい事でも発見したかの様なテンション。
私はもう理解ができなかった。

「生きた人もいる」「体の痛みはきつい」
これらの言葉は何ら私を楽にするものでも味方になる物でもない。
ただ恐怖を与えるだけの言葉。

寄り添おうと思ったのかもしれません。
しっかり受け入れ、対応を考えているタイミングだったら、
そしてできる事は協力するよというスタンスだったら、また違ったでしょう。

でも、まだ転移がわかった直後というタイミングで、しかもLINEでやり取りすることなのか!

元気づけようとしたのか外に連れ出そうと思ったのか。
明るくしようとしたのであろうけれど、あまりの軽さに私が感じたのは、ただ

「私の命はバーベキューと同列なのか」と。

 

仕事を聞かれ転職をあきらめたと答えた時、

「そっか。あきらめる勇気やね!

どんな思いで転職をあきらめたか。何がわかる?
以前に「転職と転移」というブログで心境を書きましたが、
私のあの想いをこんな言葉で切り捨てられたくない!
勇気があってあきらめたんじゃない!
がんの治療が一段落し、やっと停滞していた自分の人生が動き出すと思った矢先。やっとつかんだ新しい生活。
それが転移で一瞬で消えてしまった。
そのプロセスも何も知らないくせに。

 

何でもポジティブに答えればいいってもんではない。

 

 

前回のブログにも書きましたが、これは私のエゴかもしれません。
「あなたの言葉に傷ついた」
そう「患者様」が言えば患者様の勝ちです。

私はその友人に自分の気持ちを理解して欲しかった。
軽はずみな態度がどれほど人を傷つけるかを解って欲しかったのです。

私は友人を呼び出してこの気持ちをぶつけました。
大人なので怒ったり怒鳴ったりする訳ではないけど、「辛かった」と言えば相手を責めるのは十分な事だったと思います。
友人は目に涙をいっぱい溜めて謝ってくれました。

 

 

その時の私の怒りは正しかった。
でも今、私のその行動が正しかったのかどうかは、わかりません。
なぜなら、その立場にない人に対して、「気持ちをわかれ」「傷ついた」というのは患者側のエゴなのかと思ってしまうからです。
どんな事でも、経験していない事を100%理解するなんて不可能な事なのに。

私は自分のエゴで彼女を深く傷つけたのだろうか。

 

それでも、これを読んでいただいた方には、どうか知って欲しいと思いました。

以前のブログで、「多少言葉を間違っても、気持ちを伝えてくれるのは嬉しい事だ」と書きました。
でも、その思いがあまりに軽いなら、そこから発せられる言葉は本当に残酷なものになります。

状況や心理によって受け取り方は変わってしまうのは、患者側の勝手なのかもしれません。でも、どうか、まず本人の口から発せられる言葉を聞いてください。
何か素敵な言葉を伝えるよりも、名言を伝えるよりも、患者本人が貴方に何を求めているのかを知ってください。

 

 

「できる事は何でもする。24時間受け付ける」

「何があっても私はそばにいるよ」

「あたしたちは一蓮托生だ。
きっと、極楽浄土のはすの花の上で酒盛りしてからこの世に生まれて来たんだ。」

「あんたは一人じゃない。今までも、これからも。」

「ここは〇〇の居場所です!」

 

私が欲しかったのは、孤独に勝つ強さ、味方だったのだと思います。
それを理解していた友人たちは、まず最初にその言葉をくれました。
だから私は生きているのだと思います。

 

 

がん患者と接する時、気を付ける言葉

乳がんの傷より痛かった言葉

よろしければお願いいたします

読んでいただきありがとうございます

 


 

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