(経緯21) 転移告知後の治療

 

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乳がん発覚~転移告知~現在を時系列で読んでいただくと、心の動きや考え方、身体の状態についてよりご理解いただけると思います。(#^^#)

 

 

転移の告知の時には、詳しい身体の状態と今後の計画を先生と相談していました。

今思っても、このクリニックでこの先生でこの看護婦さんたちで、本当に恵まれていると思います。
最初に先生から話があり、その後時間をすこし空けてからの相談でした。

転移の告知から一度診察室を出て一人になると、ゆっくりと心に言葉が落ちてきます。
時間をとってもらったのはクリニックの気遣いですね。
あのまま詳しく聞いてもきっと頭に入らなかったかもしれません。

 

「PET検査の結果、転移があるね」

「でも骨だけや。これはコントロールがしやすい」

「うまくコントロールできたら今までとそんなに変わらん」

 

私の顔を見ながら、反応を確認するように話してくれました。

「先生、転職は?」

「転職はせん方がいいな」

「・・・・・・・」

 

うん。わかってる。今の会社の方が融通きくもんね。
はっきり言って欲しかっただけ。
年配の先生なので、お父さんみたいです。

 

そして看護婦さんが、
「じゃあ一旦採血しましょう。その後でまた説明しますね」

一度診察室を出て採血。
「少し中待合いで待てる?」
点滴をする個室にいてもいいよと言ってくれましたが、大丈夫と中待合で待つことにしました。

 

この少しの時間で落ち着く事もできました。
ちょっとぼぉ~っとして、
そっか、転職できるかどうかの問題じゃないね。
そう思いました。

 

再度診察室にて、
「見てみ。頭蓋骨、頸椎から腰椎までに複数、骨盤にも。
多発骨転移です。」

 

・ 転移は骨転移のみ。多発骨転移
・ 今後は完治を目指すのではなくではなく上手くコントロールする
・ これ以上転移が広がらないようにする
・ まずは分子標的薬を使うが効くかどうかはやってみないとわからない
・ 効果がなかったり、無治療だと、もって1年
 (何もしなかったらです!気持ちが引っかかった方はごめんなさい。
できれば下のブログをお読みください)

・効果があっても耐性がつくので、1年前後で効かなくなる
・その後はまた別の薬を試し、延命する
・10年以上生きてる人も沢山いるが中央値は5年程度
・仕事を続けるのは可能だが副作用は人による

 

了解です。

転移したもん仕方ない。
だからといって明日から生活が変わるわけでもない。
しばらくは何も変わらない。

そうか、生きる基準がかわるんだね。
今後の方針は、自分がどう生きたいかなんだね。
この時すでに、1つだけ方向性がわかっていた。

私にとって長く生きる事が最善ではない。
なるべく自力。人に迷惑をかけたくない。

 

そして、分子標的薬のカドサイラを試すことになりました。

3週間ごとに点滴をしてもらう。
もう一つは骨転移をしているので、骨を強くする薬のゾメタを一緒に入れてもらうことになりました。

効果があるかどうかを確認しながら進めるので、隔回、血液検査で腫瘍マーカーを確認する。ということになりました。

 

年々いい医療は進歩しているらしく、特にここ数年で画期的な薬が数種類使われだしたそうです。
今ある予後のデータよりこれから出てくるデータの方が格段に良いであろうと期待できそうですね!
ラッキー ヽ(^。^)ノ

 

よく言いますよね。
半分コップに水が入っている。

半分しかないと思うか、
半分もあると思うか。

 

何かを失ったとき、

嫌なことが無くなったと思うか、
良いことが無くなったと思うか。

 

転移を聞かされて私が最初に思った
「これで老後の心配はなくなった」

これは、最初に、
「一つ嫌な事がなくなった。一つ不安だった事が消えた。」
と考えたからです。

 

 

自分を幸せにするのは自分だと思う。

 

でもこの考えって、決して強いからじゃないと分かってます。
きっと甘えるところがない。
今迄もあまり楽な育ち方をしていない。
はっきり言うと「しんどい子供時代」だった。

期待するのが怖いんだと思います。
面倒くさいと思われるのが怖いんだと思います。

 

いや、友人にはかなり恵まれていると知っています。
でもそれはある程度の節度が必要なんだと思っています。

だってみんなそれぞれに自分の人生を一生懸命生きてるんだから。

だからできるだけ自力で。

絶望してる余裕もないし、パニクっても落ち着かせてくれる人もいないんだもの。(ー_ー)
何より頑張ってる人に迷惑をかけたくない。

友達はみんな迷惑とも面倒くさいと思ってはないとわかってます。
だけどどうしてもそれが消えない。

 

自信がないんですね。きっと。
これでも昔よりはるかに自分の事を好きになれたんですけれど。
子供のころから友達は多かった。
小学校では転校を繰り返し、その度に最初はいじめられるけど、
すぐにいじめは収まって友達もできたので楽しかった。

でも、自分に自信はないし好きではなかった。
離婚して、経済的にも精神的にも自立してからかな。

すこしだけ自分を認めてあげれるようになったのは。

 

でも、人の迷惑になるのが極度に怖い。

 

でもそれが自分だから。
そういう自分が解る様になっただけでも成長。

自分で自分を落ち着かす。
自分を楽にするために行きついた考え方。
自分の感情を出来るだけ自分でコントロールできる様でいたい。
ココロさんが折れないように。

 

「大丈夫、悪いことばかりじゃないよ。いいこともこんなにあるじゃない。」
物の見かたひとつじゃないし、しあわせと感じれる事はいっぱいある。
しあわせはいっぱいある。

 

いつの間にか自分で自分に「大丈夫だよ」って言ってあげるのが得意になったなぁ。

 

(余命については過去ブログに書いてますのでよろしければ ↓ をご覧ください)

 

 

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余命1年?