去って行った家族 (がん患者の気持ちと接し方)


初めてお越しいただいた方は、まずこちらをお読み頂けますでしょうか。

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最初のブログはこちら → 経緯2乳がん発覚のとき

 

みんなそれぞれに事情はあります

タイミングが悪いときもあります

大切なものの優先順位は人それぞれ

考え方も人それぞれ

責める気はない

誰が悪いわけでもない

 

でも姉に切り捨てられたとき

ただ私は本当に悲しかったんです。

 

 

「申し訳ないけど、今は自分の事でいっぱいいっぱい。

だから、連絡を断つわ。縁を切る。」­

 

 

姉も今年の年明けに乳がんが発覚、
ステージ2で抗がん剤投与、その後手術という流れです。

姉は私と全く逆の考え方で、何も知りたくない派。

プロである主治医のお医者さんが、自分にとって最良の方法を選んでくれるはずだ。

その情報だけしか聞きたくない。

他人がどうなのかは自分には関係ない。という考えです。

 

 

私が姉の病気の事を聞いたのは、ちょうど母の家にいた時でした。
姉から母宛に電話があって一緒に聞きました。

まだ告知を受けたばっかりで、今は細かい検査中で今後の治療方針もこれからと言うことでした。
乳がんに罹患したことと、お世話になる病院、手術と抗がん剤を使うということぐらいしかわからない状態でした。

 

姉から抗がん剤をするって聞いた時に
「副作用は人それぞれみたいやけど、やっぱりしんどいらしいから辛いね。」
と、私が言ったそうです。

その言葉で夜も眠れなくなるほど怖がらせられたと言われました。

だから私は、それ以降一切病気や体調について、こちらから質問する事もせず、ただ「うんうん」と一方的に聞いていました。

そして、私の事も一切聞かれないし、こちらからも話しませんでした。

決まりきったように
「あんたはどう?」
「うん、大丈夫よ」
と、言うだけでした。

何も知りたくない人に、すでにステージ4になってる私の状態なんて、絶対に知りたくない事だと分かっていたからです。

 

 

それだけなら良かったのです。

でも、姉からかかってくる電話の中で、私にとって本当に辛い言葉が何度も投げかけられていました。

 

姉はガンになりたてで悪い事しか考えれなかったのでしょう。
不安ばかりを口にするので、まずは病気を治す事を最優先に考えようよと伝えていました。

実際に姉はとても恵まれていて、
通院には社会人になった娘が毎回同行し、仕事も休職する事もなく満額給与を頂いてできる範囲で在宅ワークをさせて頂けるという願ってもない環境だったのです。

 

それでも姉は、なだめる私に、

「私は生きていかなあかんねん。だから仕事も続けなあかん」

「働かんと家にいてる人は楽だ」

「もし治療方法が自分と同じだったらアンタとは縁を切ってる」

「自分にとって家族は娘だけだから」

 

キリがないほど。

言ってる事は理解できます。

仕事の不安も解るし、病気の情報を入れたくない人にとって進行してしまったステージ4の話なんて聞きたくないでしょう。

 

でも、ステージ4まで進行し、色々な事をあきらめ、とうとう仕事も続けられなくなり退職。無収入で再就職も難しい。

今は運良く使えていた分子標的薬に耐性ができ、徐々に効かなくなってきている。

次の治療法をそろそろ選択しなければならない大切な時期。

本当は一番相談したい追い詰められた状況だったのです。

不安の中、一人暮らしで闘病している私には、あまりに辛い言葉でした。

 

 

自分でも驚くほど体調が悪くなり、嘔吐や倦怠感、食事も喉を通らずどんどん体重が落ち、夜も眠れなくなりました。

このままだと確実にガンが悪化する。

私は意を決して姉に言いました。

「その言葉は私にとっては本当に辛い」と。

 

 

姉はとても頭がいい人です。

全部理解してくれました。そして自分の発言が私を酷く傷つけていたことも謝ってくれました。

まさか姉が私に謝るなんて想像もできなかったので、本当に驚き、言って良かったと心底嬉しかったのです。
でも、その次に姉が言った言葉は一生私の中から消えないほどの傷をつけるものでした。

 

 

「申し訳なかった」と。
「でも、自分にはそれ程に余裕がない」ということも。

 

 

そして次に言われたのが、冒頭に書いた言葉でした。

 

「申し訳ないけど、今は自分の事でいっぱいいっぱい。
だから、連絡を断つわ。」

「それは、前に言ってた縁を切るってこと?」

「そう、縁を切らせてもらう。」

 

 

きっと姉は自分の治療が落ち着くまでとか考えているのかもしれません。

でも、姉の数年とステージ4の私の数年は違うのです。

それも伝えました。

 

「いつかもし、私に連絡を取ろうと思った時には、私は居ないかもしれないよ。」

 

それを理解した上での姉の判断でした。

その時受けた質問は、もし私が死んだ時は自分の所に連絡が来るのか?と言うことでした。
私は、戸籍をどうこうするわけじゃないし、連絡は誰か親戚経由で行くんじゃないの?と答えました。
姉は、じゃあいいわ、と言いました。

 

そして喧嘩する事もなく、「お互いお大事にと言うのも変だけどね」と言いながら、「じゃあね」と電話を切りました。

 

 

 

母には話しました。

残念ながら、あまりものを深く考えないタイプの彼女には全く理解してもらえませんでした。

「あの子は今大変な時やから、アンタは病気の話とか教えてやろうと思ったのかもしれんけど、受け入れられへんって言ってたし」

 

そこじゃなーい。笑

一生懸命噛み砕いて説明をして伝えたけれど、思い込みの激しい母には全く届きませんでした。本当に笑うしかなかった。

 

 

親しい従姉妹はいつも心配もしてくれて、ちょくちょく連絡もくれる優しい子です。

でも、私がこの話をすると従姉妹は板挟みになってしまうでしょう。

そんな事出来ない。

 

 

家族って難しいね。

もう、わたしには居なくなってしまったけれど。

 

 

これを書くかはすごく悩みました。

でも、きっといるでしょう?

病気になって家族を失った人も。

色んなブログを読んでいても、ほとんどが家族に支えられているお話ばかり。

一人暮らしで家族に頼れず闘病している人はブログを書く余裕も時間も無いのかもしれません。

こんなこと書けないという思いもあるでしょう。

 

母も姉も一切情報を調べたりブログを見たりはしません。

きっと目に入る事はないでしょう。

だから書こうと思いました。

 

 

同じ思いをしてる人に。

がんばろうね!

血の繋がりだけじゃなく、自分で築いてきた人間関係を信じよう。

去っていく人じゃなく、そばにいてくれる人を信じよう。

自分を信じようね。

大丈夫!

味方はいつもそばにいる!

      大先輩に頂いた色紙。一番の宝物。

 

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