(経緯9) やっぱり手術は体が弱るんだなぁ

手術が終わって退院して2、3日自宅療養後、会社にも復帰しました。

でも手術後の体で朝のラッシュは危険!
会社の好意で10時出社にしてもらいました。

仕事は経理総務など管理部門だし、こういう時は事務職はありがたいなぁってつくづく思いました

でも、営業さん曰く、
「外出てたら、ちょっと休憩とか融通が利くからラク!」

ホントに向き不向きがあるなぁ!

 

そんなこんなで、退院後は週1回ペースでクリニックへ通院。
そろそろ放射線治療かなと話が進んでいた1ヶ月経った頃、

 

会社のデスクで昼下がり。

なんかお腹が痛いなぁ

おなか?いや、みぞおちから下っ腹にかけて鈍痛が。

まぁ大したことないか。

 

夕方。

はぁぁぁっ (;´Д`)

これは何なんだろう (>_<)

今までに感じたことない痛みだわ (@_@;)

ふぅっ、ふぅっ、(ーー;)

 

「いいえ、私は大丈夫~」

 

 

大丈夫って思いたかったのです。
翌日は朝からお出かけの予定。
絶対に行きたい

 

「だから私は大丈夫~」

 

 

翌日の早朝、私は出発した。
そう、前夜からの腹痛はもはや腹痛とは言えず、みぞおちから下っ腹にかけての胴体全体が激痛に覆われている。
迎えにきた友人の車に乗る時には、痛みをごまかすため、常に腹筋全てに力が入っている状態であった。

快調に走る車と裏腹に、汗がじんわりとにじむ。
途中休憩のサービスエリアで車を降りようとすると、もはや激痛で動けないほどであった。

せっかくの遠出にも関わらず、舐める程度の水しか入らない。空腹感はもちろん、喉すら乾かない。
内臓が全てを拒否し悲鳴を上げているのは明らかだった。

 

なぜ、そうまでして。。。

 

 

それはただ、

 

それはただ、

 

 

 

行きたかったんだもん~

。・°°・(>_<)・°°・。

 

 

色々見た観光はすごい楽しかったの。

息はする度に痛みは増していたけど。

早く治れ~って思いながら、なんで痛みが酷くなるのかわからず焦り出した。

 

 

でも帰りたくなかったの。

 

さすがに本人が大丈夫と言っても危険を察知した同行者が帰ると決断。

 

「近くの病院へ行ってもいいけど、急激に悪化してない?もし検査だ入院だってなったら家から遠距離ではまずくない?」

 

「う、もう、たしかに、、、」

「げ、げんかいです~~~」(ToT)

 

もはや腹部と言うのかみぞおちから下は固く腫れ上がっていた。

 

 

ものすごい勢いで車を飛ばし家のそばの休日の市立病院へ。
この前退院したばかりなのに。
救急車並みに救急搬送入り口あたりに横付け。
そのまま処置室へ運び込まれ。

 

腹膜炎で緊急入院。

「ほっとくと命の危険があるレベル」

かなりの炎症で医者激怒。
異常な腹部の腫れと血液検査のえげつない結果。
まるでアフリカの栄養失調の子供の様な悲しい腹部。急激に悪化。

24時間点滴、数時間毎の血液検査の結果次第で緊急オペに入ると脅され、

「1ヶ月ぶりね。お帰り。」と言ってくれた看護婦さんは呆れ顔。

 

 

だって~(><)

いきたかってんも~ん(><)

 

 

絶食1週間。入院3週間。
鼻から胃まで管を通し、緑の液が身体から出て行く日々。
お見舞いの友達は、鼻の管から排出される緑の液を爆笑しながら動画を撮っていた。(T-T)

乳がんの手術時よりはるかに重症で長期入院になった。
しかも痛みを止める点滴は
「ガンの末期の人が疼痛を和らげる麻薬の痛み止めよ」

と、意味ありげに笑う看護婦さん💦

 

原因はありとあらゆる菌の検査をしたが、腸炎や胃潰瘍、怖い菌の感染からの腹膜炎ではなかった。

普通なら全くお腹も壊さないような通常の検査に反応しないほどの弱~い菌が腹膜で炎症を起こしたんだろうって。

本当に手術後は免疫も落ちるし身体も弱るんだね。これ程とは。

 

 

2015年半ばから翌2016年1月にかけての出来事でした。

私のクリスマス、お正月、、、、

絶食の日々

 

2016年の豊富
「ムリは禁物。心に誓う。」であった

 

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